島時間|子連れで通った天草の記憶

島時間

天草から仕事の依頼が来たのは、
息子が生後6ヶ月の頃でした。


おすわりが出来るようになり、
「ママママ・・・。」と、
お喋りのような声を発し始めた頃のことです👶

無我夢中で決めた天草行き

私は、福岡に住むフリーライターです。

「ご指名があれば、
 いつでも、
 どこへでも喜んで!」


いつもそんなふうに仕事と向き合ってきました。

産後間もない当時も、
これから始まる育児のあれこれや、
子連れ移動の大変さを心配するより先に、

「依頼を頂いたお仕事は、誠心誠意やる」
それしか考えられなかったのです。

遠方からの依頼は、珍しいことですが
夫の実家が、たまたま天草だったこともあり・・・

「仕事の間は、息子を預かって貰おうかな。
じいじやばあばも、きっと喜ぶはずだよね👴👵」

そんな感じで、かなり楽観的に
天草へ月1通う仕事を決断したのでした。

子連れ移動という現実

だけど、子連れ移動は何かと荷物も多い🧳

授乳は4〜5時間おき、
オムツ替えも2〜3時間おき、

はじめは、車移動を考えていました🚗

しかし片道4時間近くの子連れ運転は・・・
私一人では大変😨

さらに往復で8時間
さすがに毎月は過酷すぎます😨😨

みぞか号との出会い

そんな時、救世主になってくれたのが
「天草エアライン」さんの存在でした✈️✨

当時、就航してまだ4年目の天草エアライン。

福岡空港〜天草空港の移動が、
なんと35分!!

しかも3歳未満の幼児は、
ママのお膝に載せれば無料👶🆓

まさに、神🙌

天草空港が開港していない時代なら、
きっと私は、くじけてしまっていたでしょう。


というわけで私と息子の
「月イチ・天草旅」が始まりました。


ところが、意外な問題が発覚🥹՞

出産後、私はどうやら「飛行機恐怖症」
になってしまったようなのです😨


以前は、長時間のフライトだって全然平気。
高所恐怖症というわけでもありませんでした。

それなのに、・・・ナゼ?


もしかすると「この子のために絶対死ねない」
という母性のようなものが
意外な形で発動したのかもしれません。


当時の天草エアライン(初号機)は、
39人乗りのボンバルディア。
結構、揺れを感じていました(個人の感想です)

幼い息子が怖がって
大騒ぎしてしまわないか・・・

ところが、そんな心配は露知らず
息子は私の胸の中でグッスリ安眠😴

大騒ぎしていたのは、
私の胸の鼓動の方でした。

(*´д`*)ドキドキ ドキドキ
どうか落ちませんように(-人-)
ドキドキ ドキドキ

ふと目を上げると、
CAさんとバッチリ目が合いました。

すかさずニッコリ☺️✨
微笑みを投げかけてくれるCAさん

(大丈夫ですよ・・・絶対、落ちませんから)

そんなふうに、聞こえた気がしました。
よほどこわばっていたのでしょう、私の顔・・🫣


次第に、顔馴染みのCAさんも増え
息子は、毎月のフライトを楽しみにするようになりました✈️


「アイ〜ン、アイ〜ン」


1歳半頃には、まだお喋りがままならないので
「アマクサエアライン」を略して
「アイ〜ン」と呼ぶようになりました✈️


機体のビジュアルはなんと、
とってもキュートなイルカのデザイン🐬✨
その名も「みぞか号」ちゃん❤️


息子が幼稚園入園までの5年間、
毎月の天草旅の同行を楽しみにしてくれたのは、
ほかでもない「みぞか号」ちゃんのおかげです🥹

コメント

  1. こんにちは、これはコメントです。
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