島時間|子連れで通った天草の記憶

島時間

天草から仕事の依頼が来たのは、息子が生後6ヶ月の頃でした。

ようやくおすわりができるようになり、

「ママママ……」

と、おしゃべりのような声を発し始めた頃のことです。

無我夢中で決めた天草行き

私は福岡で、フリーライターとして仕事をしています。

「ご指名があれば、いつでも、どこへでも喜んで」

長い間、そんな気持ちで仕事と向き合ってきました。

産後間もなかった当時も、これから始まる育児のことや、子連れで移動する大変さを心配するより先に、

「いただいた仕事は、誠心誠意やる」

それしか考えていなかったように思います。

遠方からの依頼は珍しかったものの、夫の実家がたまたま天草にありました。

「仕事の間は、息子を預かってもらおうかな。じいじとばあばも、きっと喜ぶよね」

今思えば、ずいぶん楽観的です(笑)。

こうして私は、幼い息子を連れて、月に一度天草へ通う仕事を引き受けることになりました。

子連れ移動という現実

ところが、いざ通い始めようとすると、子連れの移動はなかなか大変です。

授乳にオムツ替え。着替えにミルク、その他もろもろ。

赤ちゃん一人なのに、なぜこんなに荷物が多いのでしょう。

最初は車で行くことも考えました。

けれど、福岡から天草まで長時間の運転。それを赤ちゃん連れで、しかも一人で往復するとなると、毎月続けるのはさすがに厳しい。

「さて、どうしよう」

そんなときに頼りになったのが、天草エアラインでした。

「みぞか号」との出会い

福岡空港から天草空港までは、飛行機なら約35分。

当時、3歳未満だった息子は、私の膝の上に座れば座席を取る必要もありませんでした。

これなら通える。

こうして、私と息子の「月イチ・天草旅」が始まりました。

ところが、ここで思いがけない問題が発覚します。

出産を境に、なぜか私は飛行機が怖くなっていたのです。

それまでは長時間のフライトも平気でした。高所恐怖症でもありません。

それなのに、息子を抱いて飛行機に乗ると怖い。

「この子のために、絶対に死ねない」

そんな気持ちが、思いがけないところで発動したのかもしれません。

当時の天草エアラインの機体は、39人乗りのボンバルディア。

小さな機体だからでしょうか。私には揺れもよく感じられました。

息子が怖がって泣いたらどうしよう。

そんな心配をしていたのですが――。

当の本人は、私の胸の中でぐっすり。

大騒ぎしていたのは、私の胸の鼓動の方でした。

「どうか、無事に着きますように……」

心の中で祈りながら、ふと顔を上げると、CAさんと目が合いました。

すかさず、にっこり。

その笑顔が、

「大丈夫ですよ」

と言ってくれているような気がしました。

よほどこわばっていたのでしょう。私の顔(笑)。

息子にとっても、楽しみな旅になった

何度も利用するうちに顔なじみのCAさんも増え、息子も毎月のフライトを楽しみにするようになりました。

1歳半くらいの頃には、

「アイ〜ン、アイ〜ン」

まだ上手にしゃべれなかった息子は、「アマクサエアライン」を略して、なぜか「アイ〜ン」と呼んでいました。

そして息子が大好きだったのが、イルカをモチーフにした機体です。

天草の方言で「かわいい」という意味を持つ、「みぞか」の名がついた飛行機。

空港でその姿を見るだけで、息子はうれしそうでした。

私にとっては仕事へ向かうための飛行機。

でも息子にとっては、月に一度やってくる小さな冒険だったのかもしれません。

幼稚園に入る頃まで続いた、息子との天草通い。

振り返ってみると、仕事に追われて余裕のなかったあの頃にも、ちゃんと楽しい時間がありました。

「みぞか号」に乗って天草へ向かったことも、今では大切な親子の記憶です。


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